大日本印刷株式会社(DNP)は「第三の創業」を掲げ、独自のDX戦略の下に競争力強化のための網羅的かつ抜本的な変革を進めています。その足掛かりとして、「Oracle Cloud Infrastructure(OCI)」を採用してミッション・クリティカルな大規模社内基幹システムをクラウドにリフト。8カ月という短期間でシステム基盤を刷新し、インフラ運用管理軽減、コスト削減、情報セキュリティ強化を実現しました。その先に見据えるのは、情報システム部門を新たな価値創造をけん引する部門に変えること。情報システム本部担当の常務執行役員を務める金沢貴人さん(中長期の新規事業の開発を担うABセンターセンター長と情報セキュリティ委員長も兼務)に、同社のDX戦略の全貌や基幹システムのクラウドリフトにおけるオラクル製品/サービスへの評価、そしてDXの本格的な推進に向けてこれから取り組むことなどをうかがいました。
DNPグループは1876年創業の総合印刷会社であり、2021年度(22年3月期)の売上高は1兆3441億円、従業員数は36,542人。企業や生活者、社会の課題を解決する幅広い事業を展開しているほか、海外拠点も29都市に展開するなど、ビジネスのフィールドを広げ続けています。
祖業は出版印刷事業で、ここで培った印刷技術の高さは古くから折り紙付き。終戦直後は、当時の大蔵省の管理工場に指定され紙幣の印刷を担ったこともあります。1950年代前半には、印刷で培った技術をさまざまな領域に本格的に応用し始め、これを「第二の創業」と位置付けました。
例えば「第二の創業」期の初期には、64年の東京五輪を見据えて日本放送協会などと国産カラーテレビの開発に取り組み、DNPの微細加工技術を応用することで、カラー映像を表示するための「シャドウマスク」という金属部材の製品化に成功。こうした技術の応用は、現在同社が世界1位のシェアを誇るリチウムイオン電池用パウチやディスプレイ用光学フィルムの礎にもなっています。また、1970年代前半から印刷工程のデジタル化に取り組み、2001年には印刷技術(Printing)に情報技術(Information)を掛け合わせて顧客や社会の課題を解決する「P&Iソリューション」という事業ビジョンのもと、ICカードの製造で国内1位のシェアを獲得するなどの成果を挙げています。
そして同社は目下、「第三の創業」に取り組んでいます。そのための戦略が、P&Iソリューションを発展させた「P&Iイノベーション」による価値創造であり、その延長上にDXを位置付けています。その意図するところを金沢さんは次のように説明します。
「2010年代の中盤からDNPは、単にお客様の課題を解決するだけではなくて、印刷と情報技術を掛け合わせた新しいビジネスモデルを能動的に発信し、その価値を世に問うていこうという方針を“P&Iイノベーション”と表現し、事業を推進してきました。これにデジタル技術を活用した働き方改革や営業革新、生産革新、業務革新なども含めて『オールDNP』で競争力強化に取り組んでいくことを、DNPのDXと定義しています。」
DXの基本方針としては、ICTを基軸とした「新規ビジネス創出」「既存ビジネス変革」、ICT利活用を支える「社内システム基盤革新」「生産性の飛躍的な向上」という四つの軸を定め、情報システム本部をはじめとする関連部署や関連会社は、このうち社内システム基盤革新を主なミッションとしています。ただし金沢さんは、単にシステム基盤を刷新するだけでなく、その先に情報システム部門のリソースを他の三つの軸にも振り分けられるようにすることこそ、DNPのDXが成功するポイントになると見ています。最初に取り組んだ基幹業務システムのクラウドリフトでも、そうした目的意識は一貫しています。
DNPが攻めのDXを進めるにあたって意図したのは、DXの基礎(守り)を短期間で盤石にすることでした。今回、クラウド移行の対象となった販売・購買・在庫管理などの基幹業務システムは、7台のサーバーで構成された統合データベース基盤とVMware環境で約600台の仮想サーバーが稼働する業務アプリケーション基盤に支えられており、非常に大規模なものでした。「これをオンプレで維持するとなると、セキュリティの確保も含めて自社であらゆることを考え、あらゆるところに運用管理のためのエンジニアを配置しなければなりませんでした」と金沢さんは従来の課題を説明します。
基盤をクラウドに移すことで、高いレベルの可用性とデータ保護、セキュリティを実現して事業継続性を強化するとともに、システム運用のコストを削減。その結果として運用管理の人員を削減して、事業部などと連携して新たなサービス開発などに従事できるDX人材を確保するという方針の下、最適なクラウドサービスを検討し、OCIを採用することを決めました。具体的には、統合データベース基盤を「Oracle Exadata Database Service」に、業務アプリケーション基盤は「Oracle Cloud VMware Solution」に移行しました。
クラウドの選定にあたっては、グローバル大手のクラウドサービスを中心にさまざまな導入パターンを詳細に検討しました。OCIを選ぶ決め手となったのは、コストや移行作業の負荷を含めた「移行のしやすさ」が際立っていた点でした。
クラウド移行対象の基幹業務システムは、75%が「Oracle Database」を採用しており、「データベースのクラウド移行が特に重要課題だったので、オラクルが提供するOCIはもともと有力な選択肢でした」(金沢さん)。加えて、「Oracle Cloud Lift Services」のフィジビリティ・スタディとPoCの支援も、決断を後押しする大きな要素となりました。
「基幹系の仕組みをクラウドに移行して本当に大丈夫なのか、どれくらいの時間がかかるのか、どんな課題が出てくるのかという点は、なかなか自分たちだけでは解決できない疑問でした。日本オラクルから『Oracle GoldenGate』を活用して業務の停止をできるだけ短縮するデータ移行手法の紹介、必要なシステム改修の規模などを診断してくれるテストツール『Oracle Real Application Testing(RAT)』の提供、指南により、99%は手直しをせずにそのまま持っていけるだろうという試算が出ました。これがクラウドリフトを一気に進めることができるという判断につながりました。」
2022年4月にクラウド環境の設計・構築に着手し、同11月には移行を完了。約8カ月という短期間でプロジェクトを終えました。OCIへのリフトにあたっては、東京リージョンに本番サイト、大阪リージョンにDRサイトを構築しており、「事業継続性の向上という観点で大きな手応えを感じている」と言います。
「災害や障害による業務停止時間を極小化し、BCP対策を強化できました。さらに、『Oracle Database』のメンテナン スなどでシステムを停止する時間も短縮できます。大阪リージョンのスタンバイ環境にスイッチオーバーして本番サービス環境をDRサイトで稼働させ、その間に本番環境のメンテナンスを実施。終わったら東京リージョンの本番環境にスイッチバックするというやり方なら、スイッチオーバー時とスイッチバック時にそれぞれ30分ほど停止するだけで済みます。ビジネスを止めずにメンテナンスができるのは重要なメリットで、全社的にも評価されています。」
コストについても、オンプレミスで継続運用した場合と比較して、年々圧縮効果は高まっていく見込みです。「2025年度以降、約30%のコスト削減が現実的に期待できます」(金沢さん)。さらに、人的リソースの観点でも効果が顕在化しています。新規ビジネス創出や既存ビジネス変革など、同社ビジネスの成長に関わる領域に振り分けられる開発リソースは、従来、情報システム本部の人員全体の15%程度だったのが、今回のクラウドリフトにより「30%に引き上げるめどがつきました」と金沢さんは力を込めます。
こうした、いわば「攻めのDX」とも言うべき領域で情報システム部門が成果により貢献していくために、DNPは今後、データ統合基盤の構築・活用や、非競争領域の業務アプリケーションの脱自前主義、業務アプリケーションのアーキテクチャ刷新によるクラウドシフトなど、より柔軟で拡張性の高いシステム基盤や体制の整備を進めていく方針です。
「これまでDNPは、全社で使う汎用的な業務システムも、事業に特化した業務システムも、ほぼ全てのシステムを自社グループで開発し、運用管理も自社のエンジニアが担当してきました。事業部やコーポレートのサポーターとして頼りにされてきましたが、これではエンジニアが自分の価値を勘違いしてしまいます。世の中や市場の動きに取り残されることなく、新しい技術を先がけて習得し、むしろ事業部やコーポレートをリードするかたちでP&Iイノベーションに貢献できる人材を増やさなければいけないと考えています。」
既に具体的な取り組みにも着手しており、業務アプリケーションの脱自前主義では、SaaSの積極的な活用を掲げ、コラボレーションツールやCRM/SFA、人事管理、タレントマネジメント、経費精算、ERPなどの導入を進めています。
また、業務アプリケーションのクラウドシフトでは、マイクロサービス化を視野に、コンテナアプリケーションの開発環境整備などを検討しています。ビジネスの成長に直結する競争領域のシステム開発に、より迅速・柔軟に対応するための準備を進めるという意図があります。
「競争領域のシステム開発は、やはり自前で行い、強みを出していかなければなりません。クラウドリフトにより、ここに振り分ける開発リソースを増やす基礎はできましたが、情報システム部門は役割の変革が必要で、単なるサポートではなく、事業部側のビジネスをより深く理解し、ICTの活用を前提としたビジネスのイノベーションに本質的に貢献できるようにならなければなりません。そのためには、必要な機能をスピーディーに開発できるとともに、各事業に共通して必要な機能を部品化し、組み合わせて新たなビジネスに活用できるようなアーキテクチャが必要だと考えており、その解の一つがマイクロサービス化だと考えています。」
DX人材の確保・育成は、多くの企業にとって喫緊の課題です。クラウドリフトによって社内のエンジニアを運用管理から解放し、新たな価値創造にダイレクトに貢献できる人材にシフトさせていこうとするDNPの戦略は、一つのモデルケースとして成果が注目されます。
4月14日(金)に開催の「Oracle CloudWorld Tour Tokyo」に、大日本印刷様の登壇が決定しました。1:35-2:05PMのセッションに、情報システム本部 本部長 宮本 和幸 氏が登壇し、競争力強化を目的としたDNPのDX戦略、その一環としてのオラクル製品/サービスを活用した大規模社内基幹システムのクラウド化についてお話しいただきます。